
| ■ 毎日何もないように飲んでいる日本茶ですが、その昔高僧が薬として持ち帰ったお茶ですが当時から江戸時代頃まで一般の庶民の口にはなかなか入りませんでした。明治以降茶畑が盛んに作られるようになりだんだん、どこのご家庭でも広く飲まれるようになりました。日常茶飯事という言葉があるくらい生活に溶け込むようになりました。しかしその昔、貴重品だったそのお茶が生活の中に溶け込みすぎて軽く見られる風潮があったと思います。戦後アメリカを始めとする西欧の文化やスタイルが広がり特にコーヒー紅茶に隅に追いやられ、コーヒーや紅茶にはお金を払うけどお茶はタダ、そんな風潮がありました。事実、当時喫茶店と云えばコーヒーを提供していました。時代が変われば変わる物です、ペットボトルのお茶や水や空気まで買う時代になりました。砂糖の入っていない飲料がもてはやされ、コンビニではショーケースに上から下までペットボトルのお茶が並んでいます。今やいろいろ研究されて、いろんな有効成分が有ることがわかって来まして、時代の最先端としてお茶が又見直され、いろんな食品や雑貨、電気製品にも応用されています。特に次の時代を背負う若い世代の皆様方にお茶を是非飲んでいただきたいと思っています。現在いろんなスタイルのお茶製品が有ります。そんなお茶をお客様とともに大切に育てていきたいと思います。 |
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■ お茶の原産地は中国西南部の雲南省の付近の山地と考えられています。雲南省では食材料として飲んだり食べたり利用してきました。茶は南北朝時代には嗜好飲料として飲まれていました、中国が統一され南方では飲茶が盛んになりました。北方では唐の玄宗皇帝の時代のなって飲茶が流行しました。唐代には製法から飲み方まで紹介した陸羽よる「茶経」が著されました。16世紀にはヨーロッパの国々がアジアに進出してきて、茶の広がる要因になりました。陸路では東には北京、朝鮮、日本 西にはチベットからインドを経て中近東へ、海路ではイギリス、オランダ、ポルトガルなど当時の列強がインドや中国などを拠点に力を背景に交易してヨーロッパにも茶が伝わりました。
■ 日本においては最初に茶が登場するのは天平元年聖武天皇が自分の誕生会に100人の僧を宮廷に招き2日目に100人の僧に茶を与えたという伝説があります。1187年宋に渡った栄西は4年後に帰国して茶の種子を持ち帰り、栽培、製茶、貯蔵しその飲み方を広めましたそして1211年日本初の「喫茶養生記」を著しました 栄西は種子を明恵上人に贈り、栂尾を皮切りに宇治、狭山など各地に蒔かれました。当時静岡県では興津の清見寺に植えられたということです。静岡県では静岡の茶祖と云われている聖一国師が種を蒔き栽培したのが最初だと云われています。聖一国師は静岡市大川に生まれて、35歳の時7年間に宋に渡り帰国してふるさとに帰った。時に中国から持ち帰った種子を足久保に蒔いたと伝えられています。 |
| ■ お茶はツバキ科の常緑樹です。茶の樹は10月頃になると白い花を咲かせます、やがて花が散り残された子房は毛に覆われて越冬し、春とともに成長して夏頃には成熟した種子になります。しかし茶栽培では葉 以外に栄養分の消費を防ぐために花や実をつけさせません。葉が摘み取られるのは1年に3回くらいで一番茶では4月の下旬から5月中旬頃まで、二番茶ではその後40~50日後の6月下旬から7月上旬に伸びた新葉を摘み、3番茶は更に30~40日後の8月初旬頃摘みます。 ■ 苗木から育てて一人前の茶園になるまで約5年かかります。茶の樹が威勢のいいのは7年~10年くらいです。茶樹は施肥したり雑草を取ったり敷き草をして防寒対策し大事に育てられます。一番茶の芽生えの頃は良く霜の被害が有ります俗に言う(遅霜)です風のない晴れた日の明け方に良くあります。その為防霜対策として防霜ファンが取り付けられています。 |
